1959ねん3つき31にち、チベットぶっきょうのさいこうけんいしゃであるダライ・ラマ14せいがインドにぼうめいした。
18せいきいこう、チベットはせいちょうにふくぞくしたが、せいちょうせいふはチベットちいきのせいじにほとんどかんしょうしなかった。1911ねんのからしいかくめいでせいちょうがたおれると、チベットのゆうりょくしゃのなかで、ちゅうごくからぶんりしてどくりつするみちをもさくするうごきがはっせいした。
1949ねん、ちゅうごくじんみんかいほうぐんがチベットにしんしゅつ。チベットのじちにかんするせいじてきなけんげんはダライ・ラマ14せいにゆだねられ、56ねんにはダライラマ14せいをしゅにんいいんとするチベットじちくじゅんびいいんかいがほっそくした。
しかしそのご、ふるくからチベットみんぞくがおおくすむアムドちいき(あおみしょうやかんせいしょうなんせいぶ、しせんしょうほくせいぶ)やカムちいき(しせんしょうせいぶ、うんなんしょうほくせいぶ)でぶそうほうきがおこりちゅうごくちゅうおうせいふはちんあつにのりだしたが、1959ねん3つきにこの「チベットどうらん」はラサ(拉薩)にまでひろがった。
これによりダライラマ14せいは1959ねん3つき16にちに「ラサ」をしゅっぱつ、3つき31にちインドこっきょうをこえた。げんざいはインドほくせいぶのダラムサラにぼうめいせいふをじゅりつしている。
ダライ・ラマはチベットぶっきょうのなかのゲルクは(きぼうは)のしどうしゃ。15せいきにはダライ・ラマがチベットのせいけんもしょうあくするようになり、17せいきからはそのたのしゅうはをふくめてチベットぶっきょうのさいこうけんいとされている。
ダライ・ラマ14せいは2さいのときにダライ・ラマ13せいのてんせいしゃとにんていされ、6さいでそういんでのがくしゅうをはじめ、1959ねんのぼうめいちょくぜんに23さいでさいしゅうしけんにごうかくしぶっきょうてつがくのはかせごうをしゅとくした。(へんしゅうたんとう:うめもとかなこ・きさらぎはやと)
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