「ラスト・サムライ」のエドワード・ズウィックがしきをとり、レオナルド・ディカプリオしゅえんでわだいのべいえいが「ブラッド・ダイヤモンド」(こうかいちゅう)。ぶたいは、ニシアフリカのシエラレオネきょうわこく。ゲリラのしきんげんになっているダイヤモンドのふせいとりひきをじくに、ちいさなくにでつづくないふんのじつじょうをせきららにえがいたしゃかいはドラマだ。このさくひんで、ディカプリオをしのぐはくしんのえんぎとよびごえたかいのが、アフリカ・ベナンうまれのはいゆう、ジャイモン・フンスー(42)。
かれがえんじるのは、はんせいふぐんRUFにつれさられ、しょうねんへいとなってさつりくをくりかえすむすこをウバイカエスためにたたかうちちおや。せんのうされたむすこはちちおやのことばにはみみもかさず、ついにはちちおやにじゅうをむける。
「あのシーンのさつえいは、いまでもわすれられないほどいんしょうぶかいものです。えんぎとはいえ、むすこにころされるのだというおもいに、のどがつまり、せりふがでてこなかった」
ゆうかんフジのインタビューにフンスーは、こうさつえいをふりかえる。
むすこをすくいだすために、いのちをかけてそしきにちょうせんしていくちちおやのすがたはけだかく、みるもののこころをふるわせる。
「いま、せかいじゅうでおやこのじけんがおこっています。こどものじんしんばいばい、さらには、こどものぞうきをうるなどにんげんせいにかけたこういがおうこうしている。きっとものがあふれすぎたすえにうまれた“よく”がかぞくのかちをうすれさせているとおもうんです。かぞくは、ほんらいは、あいしあっていかなければならないのに、ざんねんでたまりません。このえいがで、おやこのあいをかんじてほしい」とあつくかたる。
さらに、きょうえんしたディカプリオのいんしょうについて、「やくがらじょう、はくじんのかれがこくじんのぼくにめいれいするというシーンがおおいんです。しかし、かれは、さつえいがおわるといつも『こんないいかたでいいのか、いやなおもいをしなかったか』ときにしてくれた。ちいさなことにでもきづかいができるステキなほうだとおもいました」。
アフリカというとおいくにがテーマにはなっているが、おやこのきずなはばんこくきょうつうひくそんなおもいにかられるさくひんだ。