「おともだちないかく」からのだっきゃく。しゅしょう・あべすすむさんにとってこんかいのかいぞうのひょうかは、じぶんときょりがあるせいじかやひはんはのせいじかもかくないにいれ、リーダーのどりょうをしめせるかどうかにかかっていた。
そのシンボルになったのが、こうせいろうどうしょうにきようされたさんいんじみんとうせいしんかいちょうのますぞえよういちだ。
ますぞえはさんいんせんまえから、はげしいあべせいけんこうげきをくりかえしてきた。ざんぱいがきまったせんげつ29にちのせんきょとうじつには「こくみんのこえにみみをかたむけないことはゆるされない」とぞくとうをひはん。とうせいたてなおしのほんかくぎろんがすすまないじみんとうを「(ざんぱいで)ショックしじょうたい」とこきおろした。
「みみのいたいことをいうひとをちゃんとはいちできるかにかかっている。いまはちゃぼうずないかく。もっともいいなかまは、はだかのおうさまにはきこえないそとのこえをおしえてやるひとだ」(まいにちしんぶん1にちゆうかん)とあべにちゅうもんをつけていたますぞえ。そのますぞえのけいたいに、27にちごご2じごろ、あべからにゅうかくようせいのでんわがはいった。
「ずっとひはんしてきたにんげんがはいっていいのか」とねんおしするますぞえに、あべはこたえた。「それがむしろいいんだ」
ねんきんもんだいのたいおうにおわれるあつろうしょうは「だれがなってもたいへんなポスト」(じみんとうかんぶ)。じみんとうぜんそうむかいちょう・にわゆうやらけいけんしゃのなまえがいちじはとりざたされたが、あべはあえてあべひはんはのきゅうせんぽう(せんぽう)をやおもてにたたせた。
こうきょでのにんしょうしきをおえたあべは27にちごご9じすぎ、かんていでのきしゃかいけんでますぞえきようのりゆうを「ねんきんへのぞうけいがふかく、こくみんにせつめいできるほうだから」とせつめいした。ますぞえも、そかくほんぶによばれたあとのかいけんでこうきょうちょうした。「ひはんはひはん。いまはいったいとなってじみんとうをたてなおさないといけない」(けいしょうりゃく)