せいれいし・にいがたしずいいちのはんかがい「ふるまち」などのきゃくひきこういをいっそうしようと、けんめいわくぼうしじょうれいのかいせいあんが12つきけんぎかいにていしゅつされるみとおしだ。「こわくてあるけない」「まちのイメージダウンだ」などのしみんからのくじょうにこたえるべくじょうれいあんは、きゃくひきをもくてきとした「きゃくまち」までもきんしし、ばっきんやちょうえきをかすきびしいないよう。ただ、「きゃくひきもいなくなったら、とおりにはだれもいなくなる」とひにくるこえもあり、おうねんのにぎわいをとりもどすかっせいかたいさくがふかけつになりそうだ。(にいがたしきょく はらけいすけ)
「10だいのころふるまちは、けんないきってのあこがれのまち。かいものできたら、はなたかだかでともだちにじまんした」と、しばたししゅっしんの40だいのじょせいタクシードライバー。そのふるまちもながびくふきょうやせったいじしゅくがえいきょうして、とくにへいじつよるはかんさんとしたありさまだ。
どおりのすいたいとはんぴれいするように5、6ねんまえからめだってきたのが、くろいスーツにみをつつんだふうぞくかんけいなどのきゃくひき。けんけいのしらべでは、へいせい15ねんでやく100にん。そのごへったものの、ことしは50〜60にんが、つうこうにんに「つきまとい」や「よびかけ」をしてもんだいしされている。
じっさいにとおりをあるくと、ごご8じいこう「にいがたしじょうれいできゃくひきこういがきんしされています」のアナウンスがながされることもあり、ろこつにきゃくひきをするすがたはすくないが、たむろするくろふくのおとこたちの“いあつかん”はそうとうなものだ。
けんじょうれいかいせいあんでは、ことし4つきしこうのしじょうれいにはなかったばっそくをもりこむほか、ふうぞくだけでなくせっきゃくいんしょくぎょうもたいしょうに、きゃくひきをもくてきとしてたつ「きゃくまち」まできんしする。
けんけいせいかつあんぜんきかくかのおかもとよしみ・せいかつあんぜんきかくしどうかんは「きゃくまち」こういまでたいしょうにいれることについて「ろじょうにたむろするこういじたいが、つうこうにんのじゆうをそくばくする」とせつめい。しみんからも「とおりから(きゃくひきが)いなくなってほしい」とのこえがよせられているという。
ただ、「きゃくまち」てきようについては、おおくのきゃくひきがしゅうごうするふるまちやJRにいがたえきまえなどちいきをげんていし、ばっそくはけいこくにしたがわないなどあくしつなものにかすなどじゅうなんなうんようをめざしている。
こうしたじょうれいかいせいのうごきをよろこんでいるのが、3ねんまえからとおりのせいそうときゃくひきこういへのかんしかつどう「ふるまちあんしんステーション」をつづけてきたふるまちのしょうてんがいゆうしやく20にん。そのリーダーかく、にいがたしふるまち8しょうてんがいしんこうくみあいのおおやじゅんいちりじちょうは「やっとどりょくがむくわれる。でも、じょうれいかいせいですべてかいけつとはおもっていない。これからもかつどうはつづけたい」と、かぶとのいとぐちをしめる。
あんしんステーションではまいしゅうきん、どのごご8〜10じ、ポイステされたごみをひろいながら、きゃくひきするおとこたちにちゅうしをもとめてきた。かいしとうしょはくってかかってきたおとこたちもさいきんはしずかになったが、あんしんステーションのメンバーがいなくなるときゃくひきをはじめるという“いたちごっこ”はかわらない。
きゃくひきをさせているみせのけいえいしゃは、じもとしょうてんがいのくみあいにはしょぞくしていない。「しょうてんがいがすいたいしているから、たけんのしほんがあらかせぎにしんしゅつしてくる。しょうてんがいをそせい(そせい)させて、“ていこうりょく”をつけるひつようがある」(ふるまちのあるしょうてんぬし)とのみかたもある。
しはふるまちしゅうへんちくのまちづくりきほんけいかく「みなとまちにいがた わくわくプラン」をさくていし、アーケードかいしゅうやろめんかくちょうをすすめるけいかくだ。2ねんごの「けんだいかんこうこうりゅうねん」のなかでにいがたしをうりだすこともあり、ソフトめんのしかけも「しょうてんがいときょうぎしながらかんがえる」(まちづくりすいしんか)という。
おおやりじちょうは「しまかせにしないで、じぶんたちでまちづくりのアイデアをどんどんだしていきたい」としめくくった。