おおさかふのおおたふさえちじの「せいじとカネ」をめぐるもんだいで、27にちひらかれたおおさかふぎかいけっさんとくべついいんかいでふぎのようせいをうけてちじのせいむをほさするやまだしんじちじひしょ(とくべつしょく)がしゅっせきし、「ほさやくとしてはんせいしている」としゃくめいした。いちれんのもんだいがふぎかいでとりあげられるのははじめてで、ちじひしょのふぎかいいいんかいしゅっせきはへいせい17ねん10つきいらい。
おおたちじにたいけつしせいをしめしているじみんやきょうさんふぎだけでなく、ひかくてきかんけいがりょうこうなみんしゅかいはのふぎからももくてきやげんいんについてしつもんがあいついだが、けっきょくひはんはおさまらず、12つき5にちのじかいのとくべついではおおたちじをちょくせつしつもんする。
こんげつ18にちにとうかいひょうされたおおさかしちょうせんでおおたちじが、みんしゅのすいせんをうけてとうせんしたひらまつくにおしのじむしょにかいひょうまえにかけつけ、バンザイしたことについて、らくせんしたせきじゅんいちしをおしたじみん、こうめいのふぎははんぱつをつよめており、「そうそうとじむしょにいくようはんだんしたのはだれか」などとしつもん。やまだちじひしょは「わたしがひらまつしのじむしょにいくようせっていした」とじしんのはんだんだったことをあきらかにし、「できるだけはやくいかなければとおもったが、タイミングやしゅくいののべかたなどははいりょするべきだった。はんせいしている」とし、ちじをほさするひしょとして「せいじてきセンスがじゅうぶんではなかった。あまかった」としゃくめいした。
また、ちゅうしょうきぎょうけいえいしゃらのにんいだんたい「かんさいきぎょうけいえいこんだんかい」とのかいごうにしゅっせきし、1かいあたり50〜100まんえん、けい883まんえんのこうししゃれいをうけとっていたもんだいについて、やまだちじひしょは「とうじはこうししゃれいとしてだとうとおもっていたが、しょみんのめせんからするとたがく。もうしわけない」としゃざい。
せき企懇かんれんの21しゃとふがそうがくやく36おくえんのけいやくをむすんでいたことについても、「(ふととりひきがあるかのうせいがあるちゅうしょうきぎょうけいえいしゃがあつまる)かいのせいかくをかんがえ、シビアにたいおうすべきだった」とたいおうのまずさをみとめた。ただたいはんがずいいけいやくだったことについては「けっかとしてそういうじったいになった。ほうてきにもんだいはない」とのべた。
さらに、おおたちじのとうきょうのせいじだんたいがしんぞくのマンションをじむしょについてはけいいをくわしくせつめい、せき企懇とどうよう、もんだいないというかんがえをしめした。マンションにげつがく5まんえんのちんりょうをやく3ねんにわたってつづけたことについて「しんぞくにたいするきんのていきょうではないか」ととわれると、「とうきょうでじむしょをかりるともっとたかいひようがひつよう。ふとうとはおもわない」とせつめいした。
【かんれんきじ】
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