■だつさは ほしゅかのけっかだ
りあきひろしのしょうりはかんこくしゃかいのほしゅかのけっかである。19さいから40だいまでのせいそうねんがほしゅかした。
だつさは、じつりかともいえる。のたけし鉉じだいのけいざいのしっぱいによるしつぎょうしゃのぞうかやのせいけんのむのうぶり、のだいとうりょうのきょうようのないはなしかたなどにかんこくじんはぜつぼうした。このけいこうは2005ねんにはこていかしていた。ほしゅてきだった50だいいじょうをますますほしゅてきにしたうえで、せいそうねんもほしゅてきになった。せろんちょうさでハンナラとうのしじりつはさいこうじで60ぱーせんとだった。
かんこくこくみんはゆうのうなだいとうりょうをもとめた。りあきひろしにはさまざまなぎわくがあった。もんだいがあることはこくみんはしっている。それをわかったうえでかれをえらんだのだ。もんだいはこっかいできまった「BBKじけん」のとくべつけんさつによるさいちょうさだ。もんだいのほんしつはじじつかんけいよりりあきひろしが「うそをついたのかどうか」にうつってしまった。
さははらいねん4つきのそうせんきょまで、このぎわくをせいじてきにさいだいげんにりようするだろう。さはがけっしゅうするけいきになるだろう。りしのたいじんようきゅうやとうせんむこうろんなどこんらんもありえる。
かんこくせいかいはだいとうりょうせんですでにほしゅじんえい、しんぽじんえいとぶんれつしている。かんこくはたとうかのじだいにはいったともいえる。しかし、わたしは(だいとうりょうけんげんがつよい)かんこくでこっかいが「あずかおのまさる(しょうすうよとう)」になることは、かんこくのみんしゅしゅぎにとってわるいことではないとおもっている。
こくみんはあたらしいだいとうりょうにこくせいうんえいのうりょくをきたいしている。りあきひろせいけんの5ねんかんはかんこくせいじのせいじょうかの5ねんかんとなるだろう。
けいざいぶんやではとくにこようもんだいのかいけつだ。またなんぼくかんけいでこくみんは、きむじょんいるにしたがうだけのたいきたちょうせんせいさくをただしてほしいときぼうしている。りあきひろせいけんは10つき4にちのなんぼくしゅのうかいだんでごういしたないようをみなおし、じつりしゅぎになるとおもう。
がいこうかんけいではべいかんかんけいがかいぜんするだろう。にちかんかんけいはいまよりわるくなることはない。にちかんかんけいにけんあんはないからだ。しゅのうこうりゅうがとだえていたからといって、にちかんかんけいにもんだいはなかった。
こんかいのかんこくだいとうりょうせんきょのいみはおおきい。はんけんぽうてきだったさはせいけんから、せんきょというみんしゅしゅぎのちからでみんしゅしゅぎがわがせいけんをダッカンしたのだ。20せいきのしんこうみんしゅしゅぎこくのなかでは、さはからせいけんダッカンするためクーデターがはっせいすることもある。かんこくはみんしゅしゅぎをまもったといえる。(だん)