【ぺきん=のぐちひがししゅう】にちちゅうかんのさいだいのけんあんじこうのひとつであるヒガシシナカイのガスたもんだいは、28にちのしゅのうかいだんでもしんてんはなかった。ゆたかかほうしゅしょうがきしゃかいけんで「りょうこくみんがうけいれられるごういをえたい」とのべたが、ちゅうごくがわにあんいにだきょうするいしはなく、にっぽんがわにじょうほをもとめるしせいがうきぼりとなった。ちゅうごくすじによると、ちゅうごくがわにはにっぽんがにちちゅうちゅうかんせんのちゅうごくがわのかいいきでかいはつすることにつよいていこうがあり、ぐんぶをふくめたきょうこうはからは「あんいなじょうほはできない」(ちゅうごくすじ)などのこえがつよかったという。
にっぽんは、こんかいのしゅのうかいだんでなんらかのごういができることをちょくぜんまでつよくきたいしていた。かいだんのぜんじつのだんかいでも、「ぎりぎりまできょうぎしている。びみょうなだんかいだ。しゅのうかいだんをへないとわからない。ごうい(ぶん)はだす」(にっぽんせいふすじ)としていた。
とくにこんかいのほうちゅうはこっこうせいじょうか35しゅうねんにあたり、しかも「しんちゅうは」とされるふくだしのしゅしょうとしてのはつほうちゅうだけに、ちゅうごくしどうぶのせいじけつだんがありえるときたいがたかかった。
にっぽんが11つきのきょくちょうきゅうきょうぎで、ちゅうごくが「しらかんば」をふくめたにちちゅうちゅうかんせんのちゅうごくがわかいいきでのきょうどうかいはつにおうじるならば、にっぽんもにっぽんがわかいいきでのきょうどうかいはつにおうじるとのあんをていじしたのも、しゅのうかいだんをにらんでのことだった。このあんに、ちゅうごくがわはいちじ、りかいをしめしたという。じじつならば、ちゅうごくにとっては「かなりおおきなじょうほ」(ちゅうごくのせんもんか)だ。
しかし、しゅのうかいだんの1しゅうかんいじょうまえ、ちゅうごくすじはさんけいしんぶんのしゅざいにたいし「ごういはむりだ。いちほすすめ、たがいのきょうどうかいはつにむけたいしをさいかくにんする」とのしせいをあきらかにした。
ちゅうごくきょうさんとうかんけいしゃも「ちゅうごくがのめるしんていあんをふくだしゅしょうがもってくるのか?」とにっぽんのおもわくとはうらはらに、にっぽんがわのじょうほをきたいしていた。
ちゅうごくがわにとって、にちちゅうちゅうかんせんからにっぽんよりの「おきなわトラフ(かいこう)」までがけいそうかいいきであり、そこがきょうどうかいはつのたいしょうであるというしゅちょうはけっきょく、かわらなかった。
ちゅうごくでは、かいようけんえきもんだいはそれをまもるたてとなるぐんのいこうがえいきょうする。ぐんだけでなく、「たいにちもんだいはちゅうごくのないせいもんだいにつながる。よわごしがいこうはせいけんへのひはんをうみかねない」とのはんだんがある。
【かんれんきじ】
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