□ヂョンユーズ、チンファンシュー(サトイモをじゅうししサツマイモをけいししている)
■「だいせきろうへい」のさいごのさけび
8ねんぶりにたいわんのちゅうごくこくみんとうがせいけんをダッカイし、うまえいきゅうしがたいぺいしないのそうとうふでそうとうしゅうにんしきをおこなった5つき20にち、なんぶのたかおしで1にんのたいわんじんがそうぜつなしょうしんじさつをとげた。もとしょうえいし。きょうねん79さい。たいわんのちゅうおうつうしんによるとみつかったもとしのいしょには「じゅういも仔、けいしげるいも(ヂョンユーズ、チンファンシュー)」としるされていた。「サトイモをじゅうしし、サツマイモをけいししている」といせいしゃへのつよいこうぎをあらわした。
サトイモはせんご、ちゅうごくからたいわんにわたってきたこくみんとうけいがいしょうじんをさし、サツマイモはたいわんうまれのほんしょうじんをさす。サツマイモはたいわんのしまにかたちがにているからだが、ちんみず扁そうとうとみんしんとうによるサツマイモせいけんから、サトイモせいけんに「れきしがぎゃくてん」したそのひをえらんでのこうどうだった。
□ □
だかゆうにちかいへいひがしけんでにっぽんとうちじだいの1928(しょうわ3ねん)にうまれ、にっぽんきょういくをうけた。しょうえいというなは、「おやじがしょうわがさかえるようにとつけた」とおしえてくれたが、もとしにとってにほんごはじっさい、「ぼご」だった。
そのもとしはたいへいようせんそうのぼっぱつ(ぼっぱつ)で、にっぽんかいぐんたいわんとくべつしがんへいとなった。「きびしいせんばつをくぐりぬけてにっぽんかいぐんのしがんへいになれたときのほこりはしょうがい、わすれられない」とかたっていたものだ。
だが45ねんにはいせん。せんご、たいわんをしはいしたこくみんとうせいけんによってなかばきょうせいてきにちょうはつされ、ちゅうごくたいりくでのこっきょうないせんにこくみんとうぐんびょうとしてさいぜんせんにかりだされた。
ところがいのちからがらきだいしたのち、さしたるりゆうもなくせいじはんとして10ねんかん、ごくにつながれてこくみんとうせいけんのはくがいをうける。
89ねんにせいじなんみんとしてカナダにぼうめいしたのち、もとしはたいわんしゅっしんのもとにっぽんへいたちのせいぞんちょうさやせいかつしえん、いこつしゅうしゅうをこつこつはじめた。もとしのしらべでは、きょうせいてきにこくみんとうへいにさせられたたいわんのせいねんはやく1まん5000にんにのぼった。49ねんにこっきょうないせんがおわってこくみんとうぐんがしさはしすると、ちゅうごくたいりくにうちすてられたたいわんしゅっしんへいはことごとくきょうさんとうぐんにつかまった。そのご、ちょうせんせんそうにとうにゅうされたたいわんせいねんもおおく、もとしはやく1まん2000にんがちゅうごくやちょうせんはんとうでせんしした、とみている。
□ □
ちゅうごくにのこされたたいわんせいねんのひげきはつづいた。いきのこったやく3000にんはこきょうにはもどれず、もうたくとうがはつどうしただいやくしんせいさくやぶんかだいかくめいのあらしにのみこまれていったからだ。なかでもぶんかくじだいには「にっぽんぐんのぼうれい」「こくみんとうのざんへい」とののしられ、ごうもんがつづいた。そのごもいきつづけたたいわんせいねんが、いったなんにんいたか。
もとしはこうしたたいわんしゅっしんのへいを「たいせきろうへい」とよぶ。なもしらぬせんゆうのたいせきろうへいがしんさんをなめたじじつをしょうがいをかけてせかいにうったえつづけ、せいぞんしゃをしえんし、しざいをなげうってちんこんのためのいれいひこんりゅうにしんけつをそそいだ。もとしはとりわけ「たいわんじんときょうだいのにっぽんじんにこそろうへいのひげきをしってもらいたい」とねがっていた。
2004ねん11つき10にち、ようやくたかおしに「たいわんむめいせんしきねんひ」をこんりゅう。いれいさいをおこなったさいに、「われわれだいせきろうへいにとって『せんご』はまだおわっていない」と、ちんつうなひょうじょうでかたったすがたがいまもわすれられない。こくみんとうせいけんじだいはもちろんのこと、みんしんとうせいけんじだいですら、たいせきろうへいにとうきょくがしえんのてをさしのべることは、ほとんどなかった。
みずからのしをもって、れきしのひだにうずもれた「むめいせんし」たちのこえにならぬむねんのさけびをうったえたもとし。かなしいまでにサムライでありどうじにほんもののたいわんじんでもあった。「ちからおよばなかった」とでもせんゆうに詫(わ)びたかったのだろうか。みずからいのちをたったのは「いれいひ」のめのまえのろじょうだった。(かわさきますみ)