7つき11にち、いよいよわがくにでも、あのわだいのケータイたんまつ「iPhone」がはつばいされた。このたんまつをいちはやくてにいれようと、かくしょにちょうだのぎょうれつができたのはすでにかくメディアがほうじているとおりである。
【しょうさいがぞうまたはひょう】 ひっしゃは1989ねんにじどうしゃでんわをにゅうしゅしていらい、わがくにのけいたいでんわサービスのどうこうをおいつづけ、またそのかんのケータイたんまつやかくしゅしゅうへんサービスをじっさいにためしつづけてきた。しかしこの20ねんをふりかえってみたところで、このような“1モデル”のたんまつはつばいでここまでもりあがりをみせたものはこれまでになかったはず。iPhoneがなぜこれほどわだいとなり、そしてユーザーがあつくなるのだろうか。
アップルファンによる「おまつり」だ
iPhoneという1たんまつのはつばいでこれほどまでにもりあがりをみせ、ユーザーどうしが“あつく”たんまつのはつばいをいわったことはこれまでのケータイしじょうありえなかったことだ。
はつばいぜんじつの10にち、iPhoneをもっともはやくにゅうしゅできるとされたソフトバンクおもてさんどうのショップまえにはすでにちょうだのれつができていた。よる11じのじてんで、そのれつは1000にんをこえていた。ならんでいたひとたちは、アップルのねつれつなるファンもおおかったのだろう、れつをなしながらもそのひょうじょうはききとし、ならぶしゅういのひとどうしでiPhoneについてのきたいをあつくかたらいあっていた。そしてそのよるは、このぎょうれつができたおもてさんどうしゅうへんでたすうのiPhoneはつばいをいわったイベントやパーティー、オフかいなどがくりひろげられていた。
ひっしゃも、クリエーターをちゅうしんにしんやまでiPhoneについてかたり、のみあかそうというしゅしのイベントにさんかさせていただいたが、iPhoneむけのゲームをかいはつしてもちより、ひょうかしあったりiPhoneをどうせんとしたさまざまなビジネスへのきたいなどをかたらいながらおおいにもりあがったりした。
そしてはつばいとうじつの11にち、あさ7じのはつばいかいしにむけ、そのこうふんはさいこうちょうにたっしていた。ふだんはせいじゃくであろうおもてさんどうのそうちょうのほどうが、このひはiPhoneをもとめるユーザーとそれをしゅざいするマスコミでうめつくされ、いようなねっきにつつまれていた。6じ45ふんにソフトバンクのまごせいぎかいちょうがあらわれ、はつばいかいしのセレモニーがかいしされた。7じへのカウントダウンにしゅういがしょうわし、そしてじほうとともにかんせいへとかわった。そのばにいあわせたひとたちのだれもがこうふんにみちていたようだ。おそらくこの7つき11にちのねっきは、わすれられないものとなろう。そしてまちがいなく、わがくにのケータイしにのこる1にちとなるだろう。
アップルのブランドりょくのつよさ、デザインとそうさせい
なぜ、これほどまでにiPhoneはつばいがもりあがったのだろうか。そこには、やはり「アップル」というブランドのちからもおおきいようだ。
アップルは1977ねん、せかいさいしょのパソコンともいうべき「AppleII」をうみだした。こじんがこうにゅうできるほどていかかくで、しかもこがたかすることで、コンピュータを「せんもんか」がそうさするききから「だれでも」があつかえるしょみんのききへとはってん・ふきゅうをはじめるふせきとなった。そのごも、コンピュータそうさにおいて、マウスをつかったWYSIWYG(ウィジウィグ、へんしゅうじにディスプレイでひょうじしたものが、そのままいんさつぶつとうにしゅつりょくできること)なそうさせいをいちはやくじつげんさせるなど、コンピュータメーカーのなかでつねにかくしんてきなそんざいとしてくんりん。こうしてコンピュータしにおけるかずかずのパラダイムシフトをまきおこしてきたのがアップルなのである。
さらに、クリエーターをちゅうしんに、りゅうこうにびんかんでファッショナブルなひとたちがつかうコンピュータとして、ハイセンスなブランドイメージがねついてきた。このアップルのどくそうてき、かくしんてきなしょうひんかいはつへのきたいと、ファッショナブルなブランドイメージとがかさなって、ますますiPhoneへのきたいがたかまっていったことはまちがいないないだろう。
iPhoneのかんせいどはたかい。さくねん6つき29にちにしょだいiPhoneがべいこくではつばいされていらいすでに1ねん。2せだいめとなるiPhone3Gとなっても、きほんてきなデザインや、ユーザーインターフェイスはそのままとうしゅうされているのは、やはりiPhoneがけっさくだからだろう。
iPhoneのデザインやコンセプトはすでに、きそんのケータイたんまつのかいはつにもおおきなえいきょうをおよぼしている。これまでタッチパネルしきのディスプレイにはひていてきであったわがくにでも、はるモデルいこう、タッチパネルをさいようするたんまつがふえてきた。NTTドコモなどはせんだってのけっさんかいけんのさいに、「タッチパネルをさいようしたたんまつはPRADAPhoneをはじめすでにいくつかラインアップしており、iPhoneにはたいこうできる」とひょうめいしたが、それらのたんまつにはiPhoneのようなオンリーワンともいうべきどくじせいやかっきてきなそうさせいはみいだせない。きそんケータイたんまつのそうさをいちぶ、またはぜんぶをタッチパネルそうさにかえているだけなのである。
そもそもコンピュータメーカーであったアップルだけに、コンピュータでりようするきのうを、てのひらでじつげんさせ、もちあるけるようにしたらどういうかたちやそうさせいがひつようかにてっていてきにこだわったのであろう。じゅうらいのケータイたんまつのそうさほうほうなどにまどわされることなく、まったくあたらしいそうさせいをアップルじしんでうみだしている。そのご、iPhoneをいしきしてとうじょうしてきたケータイたんまつは、「iPhoneにちかいりようせいをじつげんした」というだけの、こうおいでしかないのだ。
さくねん、べいこくではんばいがかいしされたiPhoneだが、1ねんをへてとうじょうしたiPhone3Gにおいても、そのけいじょうやそうさせいをほとんどそのままとうしゅうし、iPhoneおよびアップルのアイデンティティをしっかりとまもりつづけている。これこそ、ファンをていちゃくさせるじゅうようなしゅだんであることはいうまでもなかろう。
いっぽう、わがくにのケータイたんまつは、メーカーのアイデンティティのけつじょもはなはだしい。わずかはんとしていどでひんぱんにモデルチェンジをつづけて、そのさいにばあいによってはけいじょうがことごとくちがうものになってしまうなど、メーカーのポリシーをなんらかんじさせるものがない。つうしんじぎょうしゃのつごうにふりまわされているためでもあるが、そもそも、そんなにひんぱんにモデルチェンジするひつようせいをかんじない。
わがくにのケータイたんまつへのしつぼうかんもつのりつのって…
そういういみで、iPhoneにきたいしているユーザーは、わがくにでこれまでしはんされてきたいっぱんてきなケータイにかならずしもまんぞくしておらず、あらたなしげきをiPhoneにもとめたというみかたもできそうだ。
わがくにのいっぱんてきなケータイは、もともとは「でんわき」からしんかをとげてきた。そのむせんでんわのハンドセットに、メールきのうがとうさいされ、さらにインターネットにつながることでコンテンツサービスがりようできるようになり、さらにカメラやGPS、おサイフケータイ、ワンセグなどのそうびをそなえるにいたった。しかししょせんルーツは「でんわき」であり、つうわすることをさいユウセンのきのうととらえかいはつされている。とうぜんといえばとうぜんなのだが、したがってテンキーのそうさせいはじゅうようなかだいであり、つうわのきのうをそこなわずにおおきなディスプレイやかくしゅきのうをとうさいするためにおりたたみのけいじょうがりそうてきなスタイルとしてていばんかしてしまった。
ケータイのたきのうかはひょうかしてきたが、こうした「ケータイ」のきそんがいねん、きそんけいじょうからのだっきゃくへのもさくには、ざんねんながらめをむけられていない、いやむけるよゆうがないというのがじつじょうなのだろう。
つうしんじぎょうしゃがたんまつかいはつのしゅどうけんをにぎり、たんまつメーカーはつうしんじぎょうしゃがしめしたしようやとうさいきのうにしたがい、たんまつをきかくし、つうしんじぎょうしゃにのうにゅうするというわがくにとくゆうのケータイかいはつスタイルが、ケータイのぼつこせいかにさらにおいうちをかけてしまった。はんばいてんてんとうをみわたせば、かぞえきれないほどのたんまつラインアップがならびながらも、いずれもおなじようなけいじょうで、こせいにとぼしいたんまつばかりである。
このけんをつうしんじぎょうしゃとたんまつメーカーそうほうにはなしをうかがいにいったところで、つうしんじぎょうしゃは「たんまつメーカーのどりょくがたりない」というし、いっぽうのたんまつメーカーは「ていあんしたものもことごとくきゃっかされ、さいしゅうてきにつくりたかったたんまつがじつげんできない」とコメントする。すでにおたがいにせきにんのおしつけあいというあくじょうきょうにおちいってしまっているようだ。
こうしたたんまつばかりのわがくにで、はたしてユーザーはきそんのケータイたんまつにどれほどまんぞくしているのだろう。ひつようじゅうぶんのきのうがそなえられているものの、「とてもきにいったからながくつかいたい」とおもうようなたんまつがどれだけそんざいするだろうか。こういった、こくさんきそんたんまつへのばくぜんとしたふまんも、ユーザーがiPhoneにたいしてきたいかんをつよめるおいかぜになっていることはまちがいないだろう。
iPhoneは「うれない」とするむきもあるが
iPhoneは、にっぽんのケータイたんまつとはそのコンセプトもそうさせいもこんぽんてきにことなる。ケータイとしてかんがえるのではなく、あくまでも「つうわきのうもついた、もちあるけるコンピュータ」とりかいしたほうがよい。だからこそ、きそんケータイたんまつとひかくすることじたいナンセンスなのかもしれない。
いっぱんてきにいわれているiPhoneのじゃくてんは、えもじがつかえない、おサイフケータイきのうやワンセグきのうがそなえられていない、などである。いずれもわがくににとくかしたケータイサービスやきのうが、iPhoneにはとりいれられていないということだ。
しかし、せかいでおなじたんまつがてんかいされるグローバルたんまつ「iPhone」だからこそ、ぎゃくににっぽんのケータイでじつげんできないきのうもたすうある。たとえば、えもじこそつかえないメールきのうだが、iPhoneではひごろPCでりようするメールアドレスをせっていし(POP、IMAPのいずれもたいおう)、iPhoneじょうでりようかのうである。iPhone3Gじたい18カコクごできりかえてりようがかのうで、メールほんぶんにふくすうのげんごをこんざいさせメールをさくせいすることもかのうである。しかもそのもじにゅうりょくほうほうについては、かっこくのもじにゅうりょくほうほうをよくけんきゅうしている。にほんごのにゅうりょくではQWERTYはいれつのローマジキーのほかに、ひごろケータイでなれしたしんでいるテンキーはいちでのにゅうりょくもかのうである。よそくへんかんもユウシュウだ。たこくごのにゅうりょくほうをみてみると、ハングルにゅうりょくもしゅういつだし、ちゅうごくごにゅうりょくではキータップにゅうりょくのほかてがきよそくへんかんもりようできる。
また、わがくにのケータイでもおんがくさいせいきのう、どうがさいせいきのうがひょうじゅんてきにそなえられるようになってきたが、これらきのうのつかいがっては、やはりアップルにかなうものはなさそうだ。iPhoneではiTunesのかくサービスをりようかのうだが、このあたりのレポートはかくしょにしっぴつきじがあろうから、しょうさいははぶきたい。
こんかい、iPhone3Gのはつばいをきに、iPhoneむけにアプリケーションをていきょうする「AppStore」のサービスもかいしされた。ゲームやユーティリティなど、ユニークなアプリケーションをiPhoneにダウンロードし、りようできる。また、このAppStoreをつうじて、コンテンツプロバイダー(もちろんこじんでもかのうだろう)がアプリケーションをゆうりょうはいふすることもかのうである。いわゆる、にっぽんのiモードやEZwebといった、つうしんじぎょうしゃがていきょうしてきたコンテンツのポータルサイトとかいしゅうだいこうのしくみを、アップルみずからていきょうしていくというわけである。ここでも、にっぽんのビジネスモデルをけんきゅうしているのだろう。
にっぽんのコンテンツプロバイダーのおおくは、まだiPhoneを「ケータイの1モデルにすぎない」とみているところがすくなくないようだ。たしかににっぽんでどれだけiPhoneがりゅうつうするかはわからない。かりにだいヒットしたところで、そこでアプリケーションをりようするユニークユーザーすうはたかがしれているとふんでいるのだろう。
たしかにこくないしじょうでみればそうかもしれない。しかし、iPhoneおよびAppStoreはグローバルなそんざいである。iPhoneむけにアプリケーションを1つつくれば、それをしょうらいiPhoneがはんばいされるせかい70カコクいじょうでりゅうつうさせることがかのうとなる。
こんかいのAppStoreのスタートは、わがくににおける2001ねん1つきの「iアプリ」スタートじの、あたらしいアプリケーションのりようしゅだんおよびけっさいしゅだんのとうじょうにかさなるものがあるが、そのきぼのちがいはすでにめいはくである。2001ねん1つきにiアプリたいおうきF503i、P503iがはつばいされたじてんで、iアプリをていきょうするサイトは32メニュー38サイトときおくしている(このほかふじつうはどくじのポータルで50いじょうのアプリをよういしていた)。
これにたいし、7つき11にちにスタートしたAppStoreでていきょうされるアプリケーションのかずはすでに500をこえている(アップルほうどうしりょうによる)。にっぽんこくないのサービスでかんがえるか、グローバルしてんでかんがえるかで、りようできるコンテンツ、アプリケーションのかずはおおきくかわってくる。たかがiPhoneという1モデルのたんまつのために、もうあそびきれないほどのアプリケーションがメニューにならんでいるのである。iPhoneはあなどれないのである。
たんまつかかくはけっしてやすくはない
すでにiPhoneのしようレポートをけいさいしているライターしょしはおおい。7つき11にちはつばいであるにもかかわらず、「2しゅうかんほどしようし…」とじぜんにかりだしてひょうかきじをかいていることをあかすライターもすくなくないようだ。
ざんねんながら、ひっしゃにはしようきのかしだしのはなしはきていなかった。かりにそういうはなしがきたところで、ひっしゃはぜったいにじぶんじしんでこうにゅうするつもりであったので、じぜんにかりたらそのかんげきもそこなうであろうから、かしだしはことわっただろう。
そしてきたいにむねをふくらませ、7つき11にちのごご、きんじょのソフトバンクショップにてなんとかiPhoneのけいやくにたどりつくことができた。やはりじっさいにじぶんじしんでこうにゅうだいきん、つうしんりょうをしはらいつかいこんでこそ、きちんとしたひょうかがくだせるだろう。ひっしゃはすでに10ねんいじょう、そういうポリシーのしたでたんまつのひょうかきじをかいてきたつもりだ。
さて、まずiPhoneのはんばいかかくだが、ぶんかつばらいでのもちかえりかかくひょうきであることをりかいしていないほうどうもおおく、まるでいっぱんてきなケータイたんまつよりもやすいようなごかいもいちぶしょうじている。iPhoneはこうきのうなスマートフォンだ。したがってWindowsスマートフォンなどのライバルきのかかくとひかくしてもほぼごかくな、かなり「こうか」なていかせっていとなっている。
せかいでは、スマートフォンは7まんえん〜10まんえんはする。どうようにiPhoneも、ソフトバンクモバイルの「しんき」けいやくかかくで8GBモデルが6まん9120えん、16GBモデルは8まん640えんとなっている。たんまつかかくは、とくにやすいというわけではないないのだ。
アップルのせんりゃくとしては、ちょうきかんりようさせ、そのかんのつうしんりょうしゅうにゅうのいちぶのバックをきたいしているであろうから、たんまつだいきんの「ぶんかつばらい」というたんきかんではかいやくさせないほうほうをさいようした。このあたりはこれまでのにっぽんのケータイサービスのビジネスモデルをよくけんきゅうしたのであろう。24かいぶんかつしはらいにさせることで、じっしつのたんまつだいきんふたんがくをやすくみせている。しんスーパーボーナスへいようなら8GBモデルでたんまつだいきんふたんぶんはわずか2まん3040えんとなるが、じっさいには2ねんかんトータルで、つうしんりょうをふくめると20まんえんちかいふたんになることをしっておくべきである。
ちなみにひっしゃはしごとがら、ちょうきかんおなじたんまつをつかいつづけることはあまりしない(ただしiPhoneはたいへんおきにいりなので、ながいつきあいにはなりそうだ)。そのため、ケータイこうにゅうじはきほんてきにいっかつばらいでこうにゅうする。こんかいのiPhoneも、8まんえんぜんごのしゅっぴはかくごしていたのだが、なんとけいやくじにトラブルにみまわれ、さらにふたんがくはふえてしまった。
じつはしんきけいやくでiPhoneをこうにゅうするつもりだったのだが、すでにソフトバンクモバイルだけですんでかいせんけいやくがおおいため(かぞえてみたら6かいせんもあった)、ソフトバンクモバイルがわにしんきけいやくをことわられてしまったのだ。そのため、やむをえずきそんかいせんからのきしゅへんこうでけいやくすることにした。ぜんかいのきしゅへんこうから1ねんはんいじょうけいかしたかいせんからきしゅへんこうしたかたちになったが、それでもiPhoneのこうにゅうかかくは8まん7840まんえん(しんスーパーボーナスいっかつ)となった。けっこうおおきなしゅっぴだ。
よだんではあるが、ひっしゃはかくつうしんじぎょうしゃあわせ20かいせんぜんごをじょうじけいやくしている。しゅようなたんまつはこうにゅうするし、またかくじぎょうしゃすべてのネットワークをじょうじりようできるじょうたいにしておかなければ、せいとうなひょうかきじもかけない。このため、じょうじいかしているかいせんすうはそれぐらいになってしまうのである。これはやむをえないとしても、はらだたしいのは、かいせんしょじすうがおおいとつうしんじぎょうしゃからかいせんけいやくをことわられるということだ。1こじんでかいせんすうのおおいユーザーは、いわば「ブラックユーザー」としてあつかわれてしまう。そもそも、ほしいのは「たんまつ」そのものなのに、かいせんけいやくがかならずセットになってしまううりかたはむかしからふまんにおもってきた。
じっさいにたんまつをりようするには、どちらにしてもかいせんけいやくはひつようとなるが、ほんらいならSIMカードのじだいとなったげんざいでは、SIMカードをさしかえてりようすればそれですむこと。たんまつだけでこうにゅうできるのであれば、なにも20かいせんもけいやくするひつようはなくなるのだ。それでもやむなくかいせんいじしているのにもかかわらず、ユウリョウユーザーどころか、ふりょうユーザーあつかいされるのだからたまったものではない。
また、こんかいのようにいっかつばらいで、しかもほぼていかにちかいかかくでたんまつをこうにゅうするのであれば、SIMロックはかいじょしてもらいたいところだ。つうしんりょうもせんようのパケットていがくプランのりようがひっすとなる。もっとやすくiPhoneをりようしたいというユーザーもおおかろう。こんごのたんまつかかくひきさげ、つうしんりょうきんプランのみなおしなどにきたいしたいところだ。
【かんれんきじ】
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