このまちはえいがかんのかずよりげきじょうのかずのほうがおおいのかもしれない。ヨーロッパのいみんでつくられたブエノスアイレスのまちはなんべいのパリとよばれ、えんげき、ショー、タンゴにだいどうげいとエンターテイメントがじゅうじつしている。しかし、えいがかんだけは、なかなかであえなかった。もちろんじもとざいじゅうのほうにきいていけばかんたんなのだろう。ただ、さんぽしながら、ぐうぜん、であったえいがかんにはいることをしんじょうとしているぼくとしては、できるかぎりじりきでみつけたい。そうやっていじをハッているうちに、このまちのたいざいものこり1にちとなってしまった。
しかたなく、げんちざいじゅうのWEBデザイナーにえいがかんのばしょをきいた。かのじょはえいがかんのばしょがかかれているむりょうはいふのちずをひろげておしえてくれた。ちずにはえいがかんのアイコンがげきじょうとおなじくらいまちちゅうにひろがっている。すくなくともぼくは、いくつかのえいがかんのまえをとおっているはずである。いったいぼくはなにをみながらさんぽしてきたのだろう。
ブエノスアイレスさいしゅうび、そのちずをもってさんぽする。あっ? これえいがかんだったんだ。たしかにまえはかよっていたが、すでにへいさされ、はいきょビルになっていたのできがつかなかったのである。このまちのふるいえいがかんはへっているのかもしれない。こうしてあるいているうちにかのじょオススメのえいがかんにたどりついた。けっしてあたらしくはないが、はんかがいのなかにあるおおきなシネコンである。じつは、このえいがかんのてまえのスポーツジムまではきていたのだが、ぜんぜん、きがつかなかった。ふつうは、そこまできていたらえいがかんにきづきそうなものなのだが、であいとはそんなものである。しかも、このえいがかんはしゅういのはでなたてものにくらべると、どこかじみなのである。
いま、しゃしんをみると、けっしてほかのくにのえいがかんとそんなにかわりはしないなのだが、このまちのオペラやえんげきのげきじょうがおそろしくはでなのでえいがかんがどうしてもじみにみえてしまうのだろう。そんなじみにみえるたてものとはうらはらに、『インクレディブル・ハルク』がじょうえいされている500めいていどのかいじょうは8わりちかくうまり、エンディングロールでははくしゅまでおきるほどのかっきがあった。
(text/photo:ishiko)