ここも。あそこも。あっちもダメ……。
4つきにサッポロしにふにんしてじてんしゃでまちにでたところ、あちこちのろじょうに「ちゅうわきんし」マークがあるのがめにとまった。
マークは96ねん、けいかんびかとほどうのあんぜんかくほをねらいにしこうされたしじてんしゃとうほうちきんしじょうれいにもとづくものだ。きんしくいきはしゅようえきしゅうへんをちゅうしんに18カショ。たとえばJRサッポロえきしゅうへんはやく800メートルしほうがちゅうわきんしだ。くいきないでははっけんしだいただちに、くいきがいでもけいこくさつがつけられて3にちがすぎるとてっきょされ、ひようとして2000えんがちょうしゅうされる。
じょうれいのいりょくだろうか、たしかにしない、とくにサッポロえきしゅうへんのけいかんはすっきりして、ほどうもひろい。そもそもじてんしゃりようしゃがおおくないようだ。だいつうこうえんちかくでバーをけいえいするだんせい(37)は「しごとがえりはしゅうでんごなのでじてんしゃをつかいたいが、ちかくにちゅうりんじょうがなく、あるくかタクシーをつかうしかない」。どうちょうちかくのかいしゃいんも「そとまわりにつかいたいのにとめるばしょがない」。
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しゃだんほうじんじてんしゃふきゅうきょうかいのとうけいによると、どうないのじてんしゃは70ねんの98まんだいからさくねんは268まんだいになった。けんこうめんだけでなく、じどうしゃりようのさくげんやぶっかこうとうかのかけいのせつやくにもひとやくかうはず。こうしためでみれば、じてんしゃをりようしにくいかんきょうはじだいにぎゃっこうするようにもうつるのだ。
しには「じてんしゃをつかいたいがとめられない。ちゅうりんじょうしょをふやして」などのようぼうがあるという。サッポロえきしゅうへんのきんしくいきでみるとちゅうりんじょう16カショ(しゅうようすうやく5000だい)はゆうりょうで、ていきりよう(つき1000〜1500えん)は1カショをのぞきまんぱい。5カショはいちじりよう(1かい100えん)できる。
ところがしみんだんたい「みちはだれのもの?サッポロ21」のちょうさでは、あさゆうなどまんしゃになることもたびたびだ。またいぜんはむりょうだったが05ねんにゆうりょうになった。とうじきょうさんとうのしぎとしてゆうりょうかにはんたいしたおがたかおりさん(43)は「おかねがかかるのならじてんしゃをつかういみがない」とひはんする。
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さくねん、じょうれいにもとづいててっきょされたじてんしゃのかずはちゅうしんぶだけでやく7900だい。しないぜんいきではやく1まんだいにのぼっており「じてんしゃてっきょじょうれい」とのこえすらある。
サッポロ21だいひょうのおおばくにおさん(72)は「サッポロしなどいしかりかんないのみちりつだかはらいねんから1がっくになる。えんきょりつうがくもふえ、えきをきてんにじてんしゃをつかうこどもはおおくなる。ちゅうりんじょうもふじゅうぶんなのにほうちだけをきんししてたいおうできるのか」とくびをひねる。どうようのじょうれいはかくちにあるが、おおばさんによると、なごやしやせんだいしはちじょうだけでなくちかがいのあきくうかんもちゅうりんじょうとしてかつようしているほか、とやましなどでは、しみんふたんやほうちだいすうのけいげんをねらい、ゆうりょうちゅうりんじょうのむりょうかをスタート。もりおかしではくるまのちゅうしゃたいをちゅうりんじょうしょにするこころみもあるが「こうしたくふうがサッポロしにはない。しゃちゅうしんのいしきがねづよいようだ」。
りようしゃのモラルていかがもんだいのはいけいにあるのはいうまでもないが、がいけんをよくしてもなかみがともなわなければいみはない。しみんせいかつにかかわることだ。ほこうにししょうのないばしょはちゅうわかとするなどじったいにそくしたみなおしもひつようではないか。【よしいりき】
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まちをあるいていてめにとまった。ひびのくらしのなかでふとかんじた……。「これってへんじゃない?」とくびをかしげたくなるだいしょうのことがらにいぎをとなえ、どくしゃとともにかんがえる。
■はんろん
◇じょうれいのしじえている−−サッポロしみんまちづくりきょく
じょうれいのもくてきはほこうしゃのあんぜんをかくほし、ないがいからかんこうきゃくがおとずれるまちにふさわしいけいかんをたもつためにある。とくにほこうしゃのおおいちいきをちゅうわきんしくいきとした。いぜんはJRサッポロえきしゅうへんをちゅうしんにオフィスビルやひゃっかてんのまえにまでほうちじてんしゃがあふれ、ひとがすれちがうのもやっとというばしょもあったためだ。
さくねんなつにじっししたせろんちょうさでは、ろじょうちゅうわは「ほどうがあるきにくくもんだいがある」とのかいとうが6わりをこえ「てっきょをせっきょくてきにおこなうべきだ」とこたえるひとも5わりにたっしている。じょうれいのいぎがしゅうちされ、しじをえているといっていいのではないか。
かんきょうやけんこうめんから「じてんしゃをりようしやすいようにしてほしい」とのこえがあるのはじじつだが、ちゅうりんじょうでいえばしないのてつどう・ちかてつえきへののりいれだいすうやく5まん7000だいの9わりちかくをしゅうようできるほどせいびがすすんだ。げんざいのきぼでもじゅうぶんたいおうできるとかんがえている。
たとえばサッポロえきしゅうへんでは、ていきりようのちゅうりんじょうのあきはげんざい1カショだけだが、しせつはおおがたであきは1000だいいじょうとよゆうはあり、いちじりようもどうようだ。ちゅうりんじょうのせいびをさらにすすめるのがりそうだが、ちゅうしんぶはようちだいがたかく、じてんしゃだけのためにコストをかけるのもこうへいせいのかんてんからもんだいがある。ゆうりょうにしたのはむりょうだったときにちゅうりんじょうにちょうきかん、おいたままにするひとがいたことや、いじひのじゅえきしゃふたんのかんがえからだ。
いまのところじょうれいじたいのみなおしはかんがえていないが、きんしくいきのかしょやちゅうりんじょうのりようのしかたなどは、としんぶのかいゆうせいのへんかなどこんごのどうこうをふまえてけんとうしていきたい。
9つき8にちちょうかん