「さんじゅうろくねんかんせわになった。そうりをやめたときからひきぎわをかんがえていた」―。こいずみじゅんいちろうもとしゅしょうはにじゅうごにちよる、じもと・よこすかしないのじむしょにあつまったけいれつのけんぎ、しぎらをまえに、ひとつひとつことばをえらびながら、しかしはっきりとせいかいいんたいをせんげんした。このひのかいごうには、じなんでしせつひしょのすすむじろうさん(27)もどうせきし、もとしゅしょうじしんがこうけいにしめい。かいごうのさんかしゃはほんいをウナガシたものの、「いちどいいだしたらひかないしんねんのひと」のけついはゆらぐことはなかった。
ごごななじからはじまったかいごうはさんじゅうふんほどでしゅうりょう。こいずみもとしゅしょうはかけつけたほうどうじんの「せいかいをいんたいするのですか」とのといかけにはすうどうなずくだけでいっさいこたえず、むごんでくるまにのりこんだ。
じみんとうけんれんかんじちょうのたけうちひであきけんぎはかいごうをおえ、「びっくりしたが、みごとなひきぎわ。あらためてすごいとおもう」とこうふんぎみにはなした。
たけうちけんぎらによると、こいずみもとしゅしょうはときおりごえをつまらせながら、じきしゅういんせんにはしゅつばしないかんがえをひょうめい。さらに、「こうけいにはすすむじろうをみとめてもらいたい」とあたまをさげ、すすむじろうさんも「みとめてもらえればやらせてほしい」としんけんなひょうじょうであいさつしたという。
にれいれいさんねんそうせんきょでこいずみじんえいのせんたいほんぶちょうをつとめたたけうちけんぎは、はやくももくひょうをちかづくそうせんきょにさだめ、「けんれんとしてもできるだけはやくすすむじろうくんを11くしぶちょうにすえたい」。11くにはげんざい、みんしゅとうのこうにんこうほしゃはいないが、「こいずみさんのむすこがあいてとなるなら、みんしゅとうもこうほをたててくるだろう。ふんどしをしめなおすしかない」ときをひきしめていた。
「せいてんのへきれき。ざんねんでならない」とかたをおとすのは、じみんとうよこすかしれんごうしぶちょうのたけおりてるたかしぎ。
とつぜんのいんたいひょうめいにたいしてしぶをだいひょうし、「じみんとうはいま、けっとういらいのききにみまわれている。こいずみさんがせいかいをさるのはにっぽんにとってもそんしつではないか」とかんがえなおすようにせまった。だが、もとしゅしょうは「ひきぎわをだいじにしたい」、「せんきょにでるときはみなにそうだんするが、やめるときにはいちにんでけつだんするのがわたしのしんねんだ」などとかたいけついをのべたという。