きょうとしぎかいは3にち、こうきこうれいしゃいりょうせいどのはいしをくににもとめるいけんしょをさんせいたすうでかけつした。しかいでよやとうにわかれるみんしゅ・とみらいときょうさんとうりょうしぎだんが「いれい」のきょうどうていあんをし、1ひょうさでかけつした。ぎじょうはいけんしょにはんたいしたじみんとう、こうめいとうりょうしぎだんとのまではげしいやじのおうしゅうがあり、しゅういんせんをにらんだこっかいとどうよう、ちょうちょうはっしのやりとりをくりひろげた。
ほんかいぎではみんしゅのあおきよしこしぎがいけんしょをせつめいし、「こくみんかいほけんをゆるがすだいもんだい」とせいどをひはん。きょうさんも9つきのしぎほせんではつとうせんしたさのはるえしぎがとうだんし、「これいじょうひとのみちにはんしたせいどはあるか」とごきをつよめた。
これにたいし、はんたいとうろんにたったこうめいのひらやまがいちしぎが「とうとしてもみなおすべきはみなおす」ときょうちょう。ひごろはよとうのたちばでタッグをくむみんしゅにむけて「(こくせいでは)みなおしがひつようといっていた」とけんせいした。
こうめいしぎから「たいあんをだせ」とどせいがあがり、きょうさんしぎは「うばすてやまのせいどだ」とこえをあらげるなどそうぜんとなるぎじょうで、いけんしょは「34たい33」の1ひょうさでかけつした。
ほんかいぎご、みんしゅのこもつかこうしぎは「しゅういんせんをひかえ、そんざいかんをしめせればうれしい」ときたいをこめ、きょうさんのいさかひろぶみしぎも「とうのがじょうのきょうとでのかけつにいぎがある。いきおいをしゅういんせんにつなげる」といきごんだ。
じみん、こうめいからおなじしちょうよとうのみんしゅへのひなんがふんしゅつした。じみんのまきのわたしぎは「くにのもんだいならしかたないが、しせいのもんだいでおなじうごきがあればこうぎする」とけわしいひょうじょうをみせ、こうめいのたにぐちひろまさしぎは「せいどにかかるひようをもりこんだしよさんにさんせいしているのにいけんしょをだすのはおかしい」とふかいかんをあらわにした。
しかいよとうがわれ、きしみがみえたけっかに、しかんぶは「とうめん、しせいでみんしゅときょうさんがれんけいするかだいはないとおもうが、かりにせいけんこうたいがおこると、なにがおこるかよみにくい」とかおをくもらせた。